今だからこそ「鈴木健」

選手


開幕を前に主砲村上がコンディション不良で離脱し、開幕戦に間に合わない可能性が出てきている。山田も離脱しており、ヤクルトは、チームの顔とも言える2人を欠いた中でペナントレースの開幕を迎えなければならない可能性がある。

そんな今だからこそ思い出したくなる選手がいる。その選手の名前は、鈴木健である。鈴木健は、黄金期真っ只中の西武にドラフト1位で入団し、若くしてその才能を高く評価されていた打撃職人である。当時の西武は、レギュラーメンバーがほぼ固定されており、鈴木健程の才能を有した選手でもレギュラーポジションを獲得することは容易なことではなかった。それでも次代の西武の中心を担う選手として注目され、92年、93年の日本シリーズでは、ヤクルト相手に印象に残る一発を放っている。
その後、西武の黄金期を築いたメンバーが流出する中、鈴木健は、西武の中心を担う打者へと成長していった。しかし30歳を超えた頃から、ガクッと成績を落としてしまい、2002年のオフに金銭トレードでヤクルトに移籍することとなる。
この時すでに33歳という年齢になっており、レギュラーポジションを奪うことを期待されていたというよりは、どちらかというと代打などで長所の打撃を活かしてもらいたいというイメージの方が強かったように記憶している。
しかし当時ヤクルトの背番号1を背負い、飛ぶ鳥を落とす勢いだった岩村が開幕戦で負傷したことをきっかけに岩村の代役としてサードを任されたのが鈴木健だった。当時の私は、パワーとスピードの両面で球界トップクラスのプレーを見せる岩村に夢中だったため、岩村の故障での離脱に大きなショックを受けていた。正直ネームバリューはあっても全盛期を過ぎたと思われていた鈴木健では穴は埋まらないと考えていた。
そんな私の予想を裏切るように鈴木健は、バットで結果を残してみせた。どっしりとした構えでボールをしっかり惹きつけ、手首を柔らかく使える打撃は、強さを感じる岩村とは好対照であった。岩村の打撃が「剛」であれば、鈴木健の打撃は「柔」であった。
鈴木健は、相手投手のボールをしっかり見極めることが出来、低めの変化球を拾うことも上手かったため、当時のセリーグのバッテリーの配球のトレンドに対して相性が良かったという部分もあったのかもしれない。簡単にはアウトにならない打撃技術でヒットを量産してみせた。
鈴木健がヤクルトに入団する前にも広島から移籍してきた小早川やオリックスから移籍してきた高橋智のように移籍後にもう一花咲かせる選手はいたのだが、鈴木健の場合は、好調を維持する期間が長かった。セリーグの首位打者争いをシーズン後半まで繰り広げ、最終的には打率.317、ホームラン20本、95打点というキャリアハイとなるような数字を残してみせた。打席でどんなボールにも対応出来るような高い打撃技術を見せられ、「ここまで凄い選手だったのか!」と感心したことを覚えている。
まだ春先の神宮での巨人戦をフジテレビで中継していたのだが、当時解説をしていた大久保博元氏が「打撃の天才だと感じる左バッターは、前田智徳、清水隆行、鈴木健の3人です。」というような主旨の解説をしていた事を今でも覚えている。鈴木健の打撃技術の高さを大いに称賛してくれていた。いわゆる玄人からの評価が高いタイプの選手なのだと感じたものである。

すでにプロ野球人生の下り坂に差し掛かっていると思われている選手が若きスタープレーヤーの穴を埋めてしまうのだから面白いものである。

今シーズンも2003年の鈴木健のようにチームの顔である村上や山田を慌てさせるような選手が出現することに期待したい。




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