プロ野球の大洋(横浜、現DeNA)と近鉄で主に救援投手として活躍した盛田幸妃さんが、45歳で亡くなった。関係者は、かつて脳腫瘍から復活を果たし、「奇跡のリリーバー」と呼ばれた右腕の早すぎる死を悼んだ。
(毎日新聞引用)
今年は年始に「大豊泰昭氏死去」の訃報が飛び込んできたのだが、今日は盛田幸妃氏が死去したとの訃報が飛び込んできた。45歳という年齢はあまりにも早過ぎる。
盛田投手といえば何と言っても右バッターのインコースをえぐるシュートボールである。140キロ台後半の球速で打者の懐に飛び込むような凄まじい威力のボールだった。まだまだと今のように投手の分業制が進んでいない時代の中で当たり前のように回跨ぎでマウンドに上がり続け、92年にはほとんどリリーフ登板ながら規定投球回に達し、見事最優秀防御率のタイトルを獲得してみせた。この年がいわゆるキャリアハイとなる成績だったのだが、その後もリリーフ投手として横浜の投手陣を支えてみせた。決して長い期間活躍したという投手ではなかったのだが、そのインパクトは絶大だった。
近鉄に移籍後は脳腫瘍を患いながらも懸命のリハビリで1軍のマウンドに戻ってきて2001年にはカムバック賞を受賞した。大洋・横浜時代の佐々木主浩とともにブルペンを支えた姿、近鉄時代の病と戦った姿ともに強烈な印象を残している。近年の「伝説の投手」の一人に数えられる存在だったと思う。
最近あまり姿を見ていないと思っていたのだが、ずっと病魔と闘っていたようですね。大豊氏の訃報の時にも感じたのだが、やはりバリバリに活躍していた頃を知っている選手の訃報というのはかなりのショックを伴うものである。
ご冥福をお祈りします。
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コメント
盛田氏、えげつないボールでしたね。
苦手を通り越してムリ、という時期もありました。
入団当時は線が細かったのが、いつの間にか逞しくなっていました。
その後、病を得て更に復活しと波乱の野球人生でしたね。
ご冥福をお祈りします。
> パインさんへ
凄いボールを投げ込んでいましたよね。病からの復活も含めて「伝説の投手」でしたよね。