アラフォー世代以上の年齢のヤクルトファンであれば、ジャック・ハウエルを印象に残る助っ人外国人選手として挙げる方も多いだろう。私もその一人なのだが、92年シーズンに首位打者とホームラン王に輝き、リーグ優勝に貢献し、MVPも受賞した割には、語られることが少ない選手のようにも感じている。当時のヤクルトは個性派集団を野村監督が束ねており、野村監督はもちろんのこと、投手であれば岡林、荒木、伊藤智、高津、野手であれば古田、池山、広澤、飯田らにスポットライトが当たることが多いだろうか?そこに西武との日本シリーズで輝きを放った杉浦や川崎の名前も挙がってくる。ハウエルに関しては、日本シリーズで大きな活躍がなかったこともあってなのか、数字の割にスポットライトが当たることが少ない選手のように感じる。しかし大混戦となった92年のセリーグを制覇したのは、このハウエルの活躍あってこそだったし、93年もシーズンでサヨナラホームランを5本放つなど、印象的な活躍でリーグ連覇、日本一に貢献してくれた。
その後94年シーズンは数字を落とし、チームも低迷してしまったこと、95年は当時緊張関係にあった巨人へ移籍してしまったことも活躍の割に語られることが少ない要因となっているのかもしれない。
そのハウエルだが、正直92年のNPB1年目に関しては、オールスター前までは、派手な活躍はなく、「可もなく不可もなく」といった印象の選手だった。打撃を買われて獲得に至った選手であったはずなのだが、打率が高い訳でもなく、ホームランを量産する訳でもなかった。私自身もどちらかというと「地味な外国人選手だな。」程度の認識で試合を観戦していた記憶がある。しかしオールスターが明けると信じられないくらい打ちまくり、後半戦だけで30本のホームランを量産し、打率も一気に上げ、ホームラン王と首位打者の二冠王に輝いた。当時すでに球団の顔となっていた広沢、池山、古田もこのシーズンはしっかり結果を残しているのだが、おそらくハウエルがいなければリーグ優勝を逃してしまった可能性はあるだろう。リーグ優勝を決めた完全アウェーの甲子園でのゲームでも2本のホームランを放つなど、神懸った活躍ぶりだった。
92年の113試合の出場で打率.331、ホームラン38本、打点87という数字は素晴らしいものである。
93年は、92年後半のことを思えば、数字は落ち着いてしまったのだが、それでも上記の通りサヨナラホームランを5本放つなど勝負強い打撃は健在だった。92年は西武投手陣の前に沈黙してしまった日本シリーズでも派手な活躍はなかったが、きっちり役割を果たし、日本一にも貢献してみせた。
優良助っ人外国人選手が多いヤクルトにあっても優勝に貢献してくれたという意味では、歴代でも屈指の存在なのではないだろうか?
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コメント
野村ヤクルトの黄金期前半を彩った一人ですね。古田広沢ハウエル池山と続く打線は華がありました。サヨナラホームランは勿論、ファンになる以前の国鉄時代の金田氏を除き、広沢と共に主力であった選手がよりによってアンチである巨人に移籍するというショックを与えてくれた最初の選手ということで印象に残っています。それでもプラスイメージの方が強いですけどね。
超匿名さんへ
世代的には、FA及び助っ人外国人選手が巨人へ移籍するのは、当たり前という印象があるのですが、広澤、ハウエルの前は金田まで遡りますか?
広澤、ハウエルの移籍は衝撃的でしたよね。